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2013年5月30日木曜日

インプラントージルコニアPIB その4

 窓開け完了後、スキャンへ
 
と、ここで問題発生しました。
 
 
ノーベルでは一般的なジルコニアブロックは60㎜までですが、
ノーコンプレインで63㎜が選択できます。
 
実測で63㎜ギリギリかと思っていましたが、
上下の傾きなどを含めてみると63㎜を超えていました。
 
それでもアクセスホールは全て入るのでは?
などの問答の末、結局左側の7番をカットした状態で
削りだしてもらうことになりました。
 
粘膜側からみたところ

7番部が成り行きで存在していません
 
 
 
赤いラインはフィニッシングラインです
 
上下左右に構造的にも抵抗するよう
アレコレ思案します



ジルコニアのセラミック築盛部を先に形作ったほうが
何処の部分がどう足りないのか明確になります
 
その後で必要な形態をUCLAタイプのメタルボンドで作ります
 

 
 
 その5
 

2013年5月29日水曜日

インプラントージルコニアPIB その3


イミディエートのTEKの場合
4番までの咬合なので、オステルの数値を見ながら
問題ないようであれば、5番、6番と咬合接触を増やしていきます
 

咬合面観



実際のTEKに乗せたところ
仮止めしてからアクセスホールを貫通させ
不足部を築盛して仕上げていきます
 
全体に咬めるようになったところ
 
 
 TEKで患者さんの要望が満たされたことを確認後
フレーム製作のためレジンモックアップを製作します
 
最初のモックアップトライでしたが、
ファーストインプレッションの模型での製作だったため
歯肉のレベルが変化していました。
また、臼歯部の被蓋量が気になるとのことだったため
内側のアーチは小さくせず被蓋の量だけを調整し、 
二度目のモックアップトライでOKが出ました。
 
 
モックアップのトライでこそ、上部構造の形態等の最終的な情報収集が必要だろうと思います。
 
モックアップを窓開けしていきます

7番はフルカウントゥアー・ジルコニア
6番の近心からフェイシングタイプのジルコニアです

 

窓開け途中
 
 
 

2013年5月22日水曜日

インプラントージルコニアPIB その2

TEKを製作する前に
それぞれのコンポーネントへのアクセスを確認します

アクセス経路を邪魔しないよう
ラジオグラフィックガイドを基にTEKを作ります
(使用材料 プロテンプ)
 

 モックアップ製作のようにアイボリーの流し込みだったので
ガム部を再築盛していき仕上げます
 

いざ、オペの立会いへ
 
 
 
口腔内でTEKとテンポラリーシリンダーを仮止めされたものを
その場で仕上げたものです
 
 
インプラント埋入直後
イミディエートローディング(即時荷重)で
TEKを装着したところ
 
1週間経過後の状態
 
後方のバイトは緩いまま

 
中切歯部の被蓋の量を先生が修正
 
 

2013年5月17日金曜日

インプラントージルコニアPIB その1

歯周病で歯を失うことになった患者さんが、インプラント治療を希望。



指標のための歯牙を残し、その他を抜歯。


指標の歯牙は先のサージカル・テンプレートの歯牙支持のために残しておく。



対合歯は抜歯することはないながらも、この際ということで咬合平面を整えることを前提とする。

人工歯排列のモノをクリアレジンに置き換え、ガッタパーチャを埋め込んでラジオグラフィックガイドを製作。

CT撮影を経て、CTデータに基づき作られたサージカルテンプレートを調整。



やってみると分かるがやらないと分からない大変さがあります。
模型を削るか、ガイドを削るか・・・適合のレベルはどこまでか・・・などなど

調整が終了したところ
1時間は掛かります。

イミディエート・ローディングのため
ラジオグラフィックガイドを基に模型をおこします


ラジオグラフィックガイドには
埋入される予定のインプラントのレプリカを埋め込みます


模型完成


イミディエートのためのTEKを製作
先のラジオグラフィックガイドをシリコン印象して流し込みしたところ


技工担当:恩田

2013年5月15日水曜日

以前のジルコニアBr

今預かっているケースで
「以前から入れていたジルコニアBrが割れたから、新しいのを作り直して欲しい」というものがあります。

弊社で製作したものではありませんが、見てみるとジルコニア・セラミックが出た当初によくあったデザインというか、全てセラミックで覆っているというもので、サポート形態も何もないものです。







結構バリバリに割れて剥がれていますが・・・対合歯は「総義歯」です。



今ではジルコニアによるサポート形態を充分考慮したフレームが作れて当然の技術力を持った者がデザインをするでしょうし、責任ある立場の人間が納品するのであれば、こういったモノが納品されることもないのでしょう。

かといってセンスの微塵も感じられないデブデブのフレームでは価値もありませんし、そういった「ちょうどいい」が分かる出来るが能力なんでしょうね。


2013年5月13日月曜日

週末のこと

土曜日はせっせと技工をして、夜は「翌日は母の日」ということで、私の母を連れて家族総出で外食へ行ってきました。

日曜日は患者さんへのインプラント説明会に、恩田と参加してきました。

ノーベル軍団からは「君に首ったけ」の意味であげると言われているネクタイ好きの山本さんと、時計好きの竹澤さんの参加です。

ついこの間パーツの使い回しで北の方で問題になったりしている何かと話題に事欠かないインプラント治療ですが、午前の部、午後の部とも何故かこれまでより人が集まり、活発な質問が飛び交っていました。 とても良いことだと思います。

ネットで商人よろしく「1本 99,800円」や「2本目からは安いです」のような宣伝で患者さんを集めようとしてくれているから、逆に確りした値段であることの意味が伝えやすくなるというものです。


17時くらいに終わりましたが、そのあと「母の日」ということで家内の実家までウォーキングを兼ねてカーネーションなどを届けに歩いてきました。

おかげで、また2万歩を超えました。


家に戻りついたのは19時半頃でしたが、家では娘二人が「母の日」ということで食事を作ってくれていました。

母の日だらけの週末でした。

2013年5月9日木曜日

大信貿易 東京営業所へ  

今日の午後は東京の飯田橋駅近くにある大信貿易東京営業所へ行って、バシコ氏主催の中島社長経営懇親会のようなものに出席してきました。



ていね社の伊藤社長がいらっしゃったので、挨拶がてらGWはどうした、家族構成が何だ、会社のスタッフは何名くらいでしたっけなどと貴重な世間話に花を咲かせました。
できればいつか、年齢で一つ先輩の伊藤社長とはゆ〜っくりと話してみたいものです。



15時を過ぎて、ではそろそろということになり、代表の中島社長の登壇で説明会が始まりました。

今日の説明会はクローズのものなので話の詳細はここに書けませんが、過去から現在までの歯科界の流れと数字からみた現状分析から始まり、将来予想される歯科界における淘汰を含めたあり様を話され、だからこそ力強く生き残っていくラボはこういうスタイルじゃないでしょうか?などという感じの話でした。



大信貿易の社員などが「ここのラボなら」と目星をつけたところに声を掛けて集まってきた人たちばかりですから、早い話が、一緒にどうですか?というものだろうと思います。
私が呼ばれたのはバシコ東京営業所長のお陰で、お豆みたいなモノですが。。。



内容の詳細に関する私の感想は、確かに大きな流れはその通りだろうなぁというものですし、独自の強みと将来のビジョンを持っていて受け入れるキャパがある、もっと言うならキャパを広げる構想と力があるというラボであるのであれば、参画することに何の損もないものだろうと思いました。



最後の質問の時間におや?という質問も出ていましたが、大信貿易が何か得することをやってくれる、モノを売ってくれる、儲けさせてくれるなどという妄想を抱くのなら、互いのために近寄らない方が良いのだろうと思います。



ただ、仏作って魂入れずではないですが、システムだけは一端でもドクターに色々な意味で仕事を物事を依頼されるという形で頼りにされ、その先にいる患者さんに満足してもらえるという根っこのところが、自己評価や一部の評価だけの自己満足ではなく、本当の意味で確りしていないと、どのみち将来は暗いなとも感じました。



ドクターも大変ですが、技工士も大変で、メーカーもディーラーも、ちゃんとやろうと考えているところは、どこも大変です。




後日改めてバシコ氏が弊社に来てくれた時の写真を間に挟んでみました。

いつになく感情表現豊かなバシコ氏をご覧ください。
















2013年5月7日火曜日

GW -後半-

GW前半というか、最初の2連休は西へ500km車で移動して東大寺など奈良を歩いてきました。

最近は万歩計を持つようになり、1日1万歩を目指しています。

奈良までは車でのアプローチで、奈良に入ってからは電車などを利用して移動しました。
そのせいもあって、奈良での1日は2万歩を超えました。

そしてGW後半は、北へ500km弱移動して石巻へ行ってきました。


日和山公園から
 
 


他県の車がこのエリアに入ってくるのを何台も見ましたが、思ったほど爪痕がないと感じるのか、どの車も結構なスピードでグルッと回って、そのまま何処かへ行ってしまいます。

佐野がJDAでお世話になっている三宅先生の旧歯科医院のすぐ近くで
小さな復興ライブをやっていました
 
松島
 
 
仙台、松島、石巻と、歩いて見て回りましたが、夜通し元気で明るい仙台と、1日並んでも入れないほど車の列をつくる観光客で賑わう松島と、被災地から信号何個か内陸へ入ると極めて普通にある街並みの石巻と、そこだけ時間が止まったように佇む被災地を感じてきました。
 
この日も2万歩ほど歩きまわりました。
 
 
 
 
 
息子のGWは学校自体は9連休ということでしたが、部活が忙しく高崎へ合宿へ行ったりと8日間休みが無く、GWの最後の日だけ家にいました。ちなみに、大学生の2人の姉は、どちらもバイトです。
 
その最後の日も宿題があるとは言っていましたが、夕方に時間が出来たということで、未だ行ったことが無いという「そらまち」へ連れて行きました。


 
 
男2人でそらまちっていうのも何ですが・・・
目に付く美味しそうなものを食べまくり、あえて売り子さんたちの営業トークに耳を傾けてみたり、「じゃあ買ってみようぜ」などと買ってみたりと、意外に楽しめました。
 
 
 
 


この日は1万6千歩ほどでした。